■生きることが、ただ苦しかった日々
生きるのをやめてしまいたい・・・、
そんな気持ちを何度も抱いていました。
朝が来るのが怖くて、夜になるのも不安で、
ただ息をしているだけで精一杯だった日々。
身体は重く、だるくて、ギシギシと痛んで、
起き上がることも難しい。
心も身体も、まるで凍りついたように動かなくなっていました。
「このままどうなってしまうんだろう」
「また入院になったらどうしよう」
そんな不安と恐れが、いつも胸の奥でざわついていました。
生きる理由も、希望も見えなくなっていました。
■ふと湧いてきた「ラーメンが食べたい」という気持ち
そんなある日、
ふと「ラーメンが食べたい」と思いました。
理由は分からない。ただ、急にその思いが湧いてきました。
それは、長い間感じなかった“衝動”でした。
私は思い切って車を走らせ、
お気に入りの小さなラーメン屋さんに向かいました。
■一口のラーメンが、心を温めてくれた
注文をして、
テーブルに置かれた丼の中から、
あたたかな湯気が立ちのぼる。
スープを一口、口に含んだ瞬間、
心も身体も、じんわりと温かく包まれました。
「美味しい」
「なんて美味しいのだろう・・・」
箸を進めながら、涙が込み上げてくるようでした。
ああ、私、本当は生きていたいんだ。
生きて、またこのラーメンを食べに来たい。
生きて会いたい人に会っていきたい。
生きて、また日々を楽しみたい。
また、この世界をはっきりと感じたい。

■“生きたくない”と“生きたい”のあいだで
生きていたくないという気持ちも本当でした。
でも、
“本当は生きたい”という気持ちも、
確かに私の中にありました。
ラーメンのスープの温かさが、
その両方の気持ちを包み込んでくれた気がしました。
■小さな「生きたい」に気づいた日
食べ終えて、車に戻ったとき、涙が止まりませんでした。
もう生きるのをやめてしまいたい、
でも、生きてまたこのラーメンを食べに来たい。
そんな小さな“生きたい”に気づいた日でした。
■あとがき/“命の味”になったラーメン
生きるのをやめたいと思う日もあります。
でも、ほんの小さな「好き」や「おいしい」が、
もう一度、生きる力を灯してくれることがあります。
あのラーメンは、
今でも私にとって“命の味”のようです。
今日もここまで読んでくださって、ありがとうございます。
こまこ🐈💕
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統合失調症だけど、猫のしっぽがかわいくて。 
