■ふと見上げた夜空が、きれいだと思える
ふと、見上げた夜空がきれいだと思う。
仕事の休憩時間に飲むコーヒーがおいしい。
そして、そんなささやかな時間に、ほっこりする。
最近、私は、そういう小さな幸せを感じることがあります。
「幸せだなぁ」と思うような出来事があったわけではありません。
ただ、夜空を見上げたり、コーヒーを飲んだり。
そんな何気ない時間が、なんだか心地いい。
そして、ふと思うのです。
こんなふうに、小さな幸せを感じられる日が来るなんて、病気の最中の私は思ってもいなかったな。
あの頃の私は、ずっと暗いトンネルの中にいるようでした。
■「ただ生きているだけでヨシ」と思って生きてきた
私は30代前半に鬱になり、40歳のときに統合失調症と診断されました。
闘病中は、とてもつらい日々でした。
「病気になる前に戻りたい」
何度もそう思いました。
以前のように働きたい。
以前のように生活したい。
以前の自分に戻りたい。
そんなことを考えていました。
でも、今振り返ってみると、私は「病気になる前の自分」に戻ったわけではありません。
むしろ、
生きながらにして、生まれ変わったような感じがしています。
病気になってからの私は、以前とは違う生き方を少しずつ覚えていきました。
その中でも大きかったのが、
「ただ生きているだけでヨシ!」
と思うことでした。
それ以外のことを、自分に課さない。
今日は生きた。
それで十分。
そんなふうにして、生き続けてきました。
すると、いつの間にか、小さな幸せをしっかり感じられるようになっていたのです。

■病気になる前のほうが、たくさん働けていた
もちろん、病気になる前のほうが、働けていました。
収入も、今よりありました。
だから、単純に「今のほうがすべて良くなった」とは言えません。
でも、
幸福感という意味では、今のほうが幸せなのかもしれない。
そう思います。
以前の私は、
「頑張れば、なんとかなる」
と思っていました。
そして、ひたすら頑張っていました。
今日やることをやって、まだ時間があれば、明日の分までやっておく。
そんなふうに、とにかく先へ先へと進もうとしていました。
頑張ることは、私にとって当たり前だったのです。
頑張れば道が開ける。
頑張れば、もっとできる。
頑張れば、なんとかなる。
そう思っていました。
■「明日でもいいことは、明日やる」
病気になってから知り合った整体の先生が、こんなことを言っていました。
「私は、今日必要があることだけをして、明日でもよいことは明日やることにしているんです。」
その言葉を聞いたとき、
「こういう考え方が、私には必要なのかもしれない」
と思いました。
今日できることは、今日やる。
でも、明日でもいいことまで、今日やらなくてもいい。
そんな当たり前のことが、以前の私にはできなかったのです。
私はいつも、先回りして頑張っていました。
■頑張れなくなったとき、初めて自分の本音に気づいた
頑張ることで、確かに開けた道もあったと思います。
頑張ったからこそ、できたこともありました。
でも、
頑張って、頑張って、頑張り続けて……。
とうとう、頑張ることができなくなりました。
そして、ある日、
「私は、もう頑張れない!」
「もう頑張りたくない!」
と叫びたくなったのです。
とにかく頑張った先に、私を待っていたのは病気でした。

病気は、とても辛いものでした。
でも、その病気になったことをきっかけに、私は自分自身と向き合うことになりました。
そして、家族との関係についても向き合い、これまでの生き方を見直すようになりました。

■病気をきっかけに、新しい生き方へ
それまでとは違う、新しい生き方。
私にとって、それは、
肩の力を抜いて生きていくこと
でした。
「もっと頑張らなきゃ」
ではなく、
「今日はここまででいい」
と思えるようになること。
「まだできる」
ではなく、
「今日は休もう」
と思えること。
そんなふうに、少しずつ生き方を変えていきました。
■クロールが教えてくれた「力を抜く」ということ
以前、どうしてもクロールが泳いでみたくて、プールに通っていた時期があります。
私は、早く泳げるようになりたくて、がむしゃらに泳ごうとしました。
でも、力を入れれば入れるほど、うまく泳げません。
ところが、体の力を抜いてみると、不思議と体が上手に浮きました。
そして、そのまま前にも進める。
そのとき、
「これって、生き方にも同じことが言えるんじゃないかな」
と思いました。
力を入れすぎると、うまく進めない。
でも、力を抜くと、自然に浮いて、前へ進んでいける。
人生も、もしかしたら同じなのかもしれないなと思いました。

■力を抜いたら、見えるものが変わった
以前の私は、前へ進むことばかり考えていました。
もっと頑張らなければ。
もっとできるようにならなければ。
もっと先へ行かなければ。
そんなふうに生きていました。
でも、力を抜いてみたら、今まで見えていなかったものが見えるようになりました。
ふと見上げた夜空。
休憩時間に飲むコーヒー。
何気ない時間の心地よさ。
そんな小さなものが、
「幸せだな」
と思えるようになりました。
もしかしたら、以前の私は、幸せがなかったのではなくて、
頑張ることに夢中になりすぎて、幸せを感じる余裕がなかったのかもしれないと。
■あの頃の私に伝えたいこと
病気の最中は、ずっとこの暗闇が続くように思っていました。
いつまで続くんだろう。
いつになったら元に戻れるんだろう。
病気になる前の自分に戻りたい。
そんなことばかり考えていました。
でも今、50代半ばになった私は、
人生の中で、今が一番健康で幸せなのかもしれない
と思っています。
病気になる前に戻ったわけではありません。
病気になる前の自分を取り戻したわけでもありません。
病気を経験した私だからこそ見つけられた、新しい生き方があります。
■「頑張らない」という選択肢も、人生にはある
もちろん、今でも頑張ることはあります。
仕事もあります。
やらなければならないこともあります。
でも、以前のように、
「頑張れば、なんとかなる」
だけで生きなくてもいいと思えるようになりました。
今日必要なことは今日やる。
明日でもいいことは、明日やる。
疲れたら休む。
できないときは、できなくてもいい。
そして何より、
ただ生きているだけでヨシ。
それくらい、自分にやさしくてもいい。
そう思っています。

■力を抜いても、ちゃんと前に進んでいる
クロールでは、力を抜くと体が浮きました。
そして、ちゃんと前に進みました。
人生も、同じなのかもしれません。
力を抜いたら、何もできなくなると思っていた。
頑張らなければ、前に進めないと思っていた。
でも、実際には違いました。
力を抜いたからこそ、見えるものがありました。
力を抜いたからこそ、自分の心の声が聞こえるようになりました。
そして、力を抜いたからこそ、今の私があります。
■小さな幸せを感じられる今日を、大切にしたい
病気で鬱々としていた頃は、今の私の姿は想像できなかったと思います。
「いつか、夜空を見上げてきれいだと思える日が来るよ」
「コーヒーを飲んで、ほっとできる日が来るよ」
そう言っても、きっと信じられなかったでしょう。
でも、そんな日がちゃんと来ました。
だから私は、これからも、
大きな幸せを追いかけるのではなく、
目の前にある小さな幸せを、ひとつひとつ大切にしていきたい。
夜空がきれいだと思えたら、それでいい。
コーヒーがおいしいと思えたら、それでいい。
今日を生きることができたら、それでいい。
そして、もし明日またつらくなったとしても、
「今日はここまででいい」
と、自分に言ってあげたいと思います。
病気になる前の自分に戻らなくてもいい。
別の誰かにならなくてもいい。
肩の力を抜いて、自分のペースで。
今日も生きた。
それで十分。
そんなふうに生きていくことが、今の私にとっての幸せなのだと思います。🐼🌙☕️

今日もここまで読んでくださって、ありがとうございます。
こまこ🐈💕
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