私は、ここにいていい~「私はいなくてもいい」と思っていた私が、自分に「いていいんだよ」と言えるようになるまで~

私は、不登校でした。

そして、いつもどこか鬱々としていました。

家族や周囲の人たちは、みんな同じ会社に長く勤めているのに、
私は仕事も転々としてきました。

学校に行けなかったこと。
仕事が長く続かなかったこと。
いじめにあったこと。
家でも否定されることが多かったこと。



そんな経験が重なるうちに、私はいつの間にか、

「私はみんなと違う」

と思うようになっていました。



社会になじめないような感覚も、ずっとありました。



「どうして私は、みんなと同じようにできないんだろう」

そんなことを、何度も考えていたように思います。


■「私は、いなくてもいい」


いつからだったのかは、はっきり覚えていません。


でも、いつの間にか私は、

「こんな私は、存在していてもいいのだろうか」

と思うようになっていました。



私がいなくても、世の中は回る。

むしろ、私がいないほうが、周囲に迷惑をかけることもない。

そのほうがいいんじゃないか。

そんなふうに思うこともありました。



そして私は、いつの間にか、

「私はいなくてもいい」
「私は存在していてはいけない」

そんな自己概念を持つようになりました。

(イラスト出典:イラストAC)


■そのことに気づいたとき、とても悲しくなった


あるとき、私は自分がそんなふうに思っていたことに気づきました。

そのとき、とても悲しくなりました。



自分で自分のことを、

「いなくてもいい存在」

だと思っていたことが、本当に悲しかったんです。



だって私は、これまでずっと、悩んだり、もがいたりしながらも、一所懸命に生きてきたから。



苦しいことがあっても、そのときそのときで、なんとか生きてきた。

そんな自分のことを、私は「いなくてもいい」と思っていた。



そう考えると、自分が自分でもかわいそうに感じました。



そして、私は気づいたんです。

私は、自分のことを、こんなにも否定していたんだ。って。

(イラスト出典:イラストAC)


■病気になっても、それでも少しよくなりたかった


病気になって、もう自分のことも、自分の人生も、どうでもいいと思っていた時期がありました。



「どうせ私なんて……」

そんな気持ちになることもありました。



でも、その一方で、

それでも少しでもよくなりたい。
自分の人生を、なんとかしたい。

そんな思いも、どこかにありました。



だから当時の私は、自分を少しでもよくしたくて、いろいろなことを調べていました。



その頃、よく読んでいたのが、

「自分を大切にする」
「自分を愛する自分になる」

ということについて書かれたブログ記事でした。



いろいろな人が、自分を大切にすることについて書いていました。



私はそれを読みながら、

「自分を大切にするって、どういうことなんだろう」
「自分を愛するって、どういうことなんだろう」

と考えていました。



でも今振り返ってみると、私はその頃、

「自分を大切にする」以前に、
「私は、ここにいていい存在なのだろうか」

というところで立ち止まっていたのだと思います。


■「自分を愛する」より先に、必要だったこと



私は、「自分を大切にしよう」と思っていました。



でも、心の奥では自分のことを、

「いなくてもいい存在」

だと思っていた。




そんな自分が、いきなり自分を好きになったり、自分を愛したりするのは、難しく感じていました。



今になって思うのは、

まず必要だったのは、

「私は、ここにいていい」

「存在していていい」

と、自分自身に許してあげることだったのではないか、ということです。

(イラスト出典:イラストAC)


■「いなくてもいい」と思っていたことが、人生を苦しくしていたのかもしれない


私は、自分に対して、

「いなくてもいい存在」

だと思っていたことが、自分の人生を苦しくさせていたんじゃないか。

そんなことも感じます。




自分を大切にできないから、疲れていても無理をする。

嫌なことがあっても我慢する。

本当は嫌なのに、「いいよ」と言ってしまう。

自分の気持ちよりも、周りの人の気持ちを優先する。

「私が我慢すればいい」

そんなふうに、自分を後回しにしてしまう。




振り返ってみると、私はずっと、自分自身を大切にすることが苦手だったのだと思います。




そして、その根っこのところには、

「私は大切にされる存在ではない」

という思いがあったのだと思います。


■泣きながら、自分に「ごめんね」と謝った



ある日、私は、悩み、もがきながらも、一所懸命に生きてきた自分を思い出しました。

そして、自分が自分でもかわいそうに感じました。



私は涙を流しながら、自分にこう言いました。

「こんな私だけど、いていいんだよ」
「存在していてもいいんだよ」

そして、

「ごめんね。ごめんね」

と、自分に謝りました。




今までずっと、「私はいなくてもいい」と思ってきたこと。

自分のことを、自分で否定してきたこと。

それが、とても申し訳なく感じたんです。

(イラスト出典:イラストAC)


■「いていいんだよ」と、毎日自分に声をかける

私は、生きていていいのか。

存在していていいのか。

いつも不安でした。

自信なんて、まったくありませんでした。

でも、自分が自分に対して「いなくてもいい」と思っていたことに気づいてから、

少しずつ変わっていきました。




今まで自分にそう思ってきたことを謝りながら、

「いていいんだよ」

と、毎日自分に声をかけるようになりました。




自信がなくてもいい。

人と同じようにできなくてもいい。

みんなと同じ道を歩けなくてもいい。

何か特別なことができなくてもいい。



それでも、

私は、ここにいていい。

そう、自分に言ってあげる。



それが、私にとっての「自分を大切にする」の始まりだったと思います。


■自分を好きになる前に、「自分の味方になる」



以前の私は、「自分を愛する」という言葉を見ても、どうすればいいのかよく分かりませんでした。



でも今は、少しだけ分かるような気がします。



自分を大切にするというのは、

いきなり自分を好きになることではないのかもしれません。



「今日もよく頑張ったね」

「疲れたら休んでいいよ」

「嫌なことは嫌って言っていいよ」

「無理しなくていいよ」



そして、

「ここにいていいんだよ」
「存在していていいんだよ」

と、自分に声をかけてあげること。



自分で自分の味方になってあげること。



それも、自分を大切にするということなのかもしれません。

(写真出典:写真AC)


■私は、ここにいていい



昔の私は、「私はいなくてもいい」と思っていました。



でも今は、少しずつ、

「私は、ここにいていい」

「存在していていい」

と思えるようになりました。



もちろん、今でも自信がなくなることはあります。

不安になることもあります。

「これでいいのかな」と思うこともあります。



それでも、以前とは少し違います。



そんなときにも、自分にこう言ってあげられるようになりました。

私は、ここにいていい。
私は、存在していていい。
そのままの私で、ここにいていい。



これからも、自分で自分を「いなくてもいい存在」にしないであげたい。



悩む日も、うまくいかない日もあるけれど、

今日も生きた。

それで十分。

そう言いながら、これからも私は、自分の人生を歩いていきたいと思います。




今日もここまで読んでくださって、ありがとうございます。

こまこ🐈💕


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