“頑張り屋さん”だった私が、朝起きられなくなった日

こんにちは、こまこです。

今日は、統合失調症と診断される前の、
まだ私が「元気なつもりだった頃」のことを書いてみようと思います。

■希望を胸に上京




岩手で生まれ育ち、高校卒業後は青森の専門学校に進学しました。
卒業後もしばらく青森に住んでいましたが、
やっぱりどこかで「田舎には戻りたくない」という気持ちがずっとあったんです。

地元はどこか閉鎖的に感じてしまって、実家も心から落ち着ける場所ではなくて。
「私の居場所はここじゃない」と思いながら、私は東京へ出てきました。

東京は、楽しくて、刺激的な街でした。
おしゃれな人たち、きらびやかな街並み、大好きな音楽で溢れかえっている東京。
「ここなら、私も自分らしく生きていけるかもしれない」
そんな希望を胸に、最初は運送会社の正社員として働き始めました。



(イラスト出典:イラストAC)

■待っていたのは厳しい現実



でも現実は、そう甘くありませんでした。



不規則な勤務時間に体が追いつかず、人間関係でも悩みが募り、
「私にはここじゃない仕事が合うのかも」と思って転職をしましたが、
なかなか落ち着かずにさ迷うような状況が続いていました。

最終的にたどり着いたのは、建築関係の現場仕事。
朝5時台に電車に乗って現場に向かい、帰宅は夜の8時や終電になることもありました。
でも、体を動かして何かをつくる仕事にはやりがいもあって、楽しさも感じていたんです。

だけど──
「この仕事をずっと続けていくのかな」と考えると、答えは出せませんでした。
何がしたいのか、自分には何ができるのか、それすらもよく分からなくなっていました。




■優しい朝が辛くなった



ある日から、朝がつらくなりました。
身体が重くて、まるで大きな石を背負っているみたいに動けない。
倦怠感という言葉では足りないくらいの、じわっと沈むような感覚。



それでも、「働かなきゃ」「家賃を払わなきゃ」「田舎には絶対もどらない!」と、
なんとか自分を奮い立たせて、現場に向かう日々。

今思えば、あのときの私はもう、限界だったのだと思います。
でも、自分ではそれにまったく気づけませんでした。

頑張ることしか私は知らなかったのです。

それだけしか方法を知らなくて、止まり方なんてわからなかった。

この頃の私は、「本当の自分の心の声」を聞くことができませんでした。
体がつらい、気持ちがしんどい、そう感じていたとしても、
「そんなこと言ってられない」って、全部押し込めていたんです。

もし今、この記事を読んでくださっているあなたが、
「朝起きるのがつらい」「生きるのが苦しい」と感じていたら──

それは、きっとあなたが“弱い”んじゃなくて、
もう充分がんばってきた、ってことかもしれません。

私は、そう気づくまでに少し時間がかかりました。




でも──
私が私に「もう頑張らなくていいよ」と、はじめて寄り添えたあの日から
回復の道が静かに始まったのです。



それはまた、これからの記事でお話しできたらと思います。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。



あなたの心にも、猫のしっぽみたいにやさしく揺れる時間が訪れますように。
どうか、今日もあなたらしく、無理せずにいてくださいね。



こまこ🐈💕